禅宗物語
トップ > 禅宗物語 > 30 帯を金山寺に残した蘇軾

帯を金山寺に残した蘇軾

  ある日、佛印(ぶついん)禅師が壇に登って法を説きました。蘇東坡(そとうば)も来て聞こうとしました。しかし、会場はもう満席で、空席がありませんでした。そして、禅師は蘇東坡に「もう満員ですから、先生のお座りになる座席はありません。」と言いました。

蘇東坡はずっと禅に興味を持っていたので、すぐ機敏に禅師に「席がなかったら、私は禅師の四大五蕴(しだいごうん<人を身体的、精神的に成り立たせる要素>)の身を座席としましょう。」と答えました。

自分と禅を論じたいのだと思い、禅師は「先生、ここに質問があります。若し先生が答えられましたら、老坊主のこの体がご座席となります。しかし、もしできなかったら、記念として、ご玉帯を本寺に残していただきます。」と要求しました。蘇東坡はいつも非凡を自負している人で、自分が必ず勝つと信じていましたので、その要求に同意しました。そして、佛印禅師(ぶついんぜんじ)は「四大本空、五蕴非有(してんもとくう、ごうんあるにあらず<人の体はもともと空です、いわゆる五蘊もないのです>)と言われますが、学士さんはどこにお座りになるますか。」と聞きました。蘇東坡は返事もできませんでした。

蘇東坡が佛印禅師に負けたので、その時の「玉帯」は今も金山寺(こんざんじ)にあります。

 


 

1489 人数