禅宗物語
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名誉を断る誠実さ

宋代の道楷禅師(どうかいぜんじ)は悟道<真理を会得すること>した後、禅宗の世界で非常に有名になリました。このため、浄因寺(じょういんじ)・天寧寺(てんねいじ)といった当時の大きな寺の住職に任命されました。ある日、皇帝が使者を派遣して、禅師の功徳(くどく)を賞賛するため紫の袈裟(けさ)を贈り、定照禅師の号を賜ろうとしました。

禅師は、お受けできないと固くお断りしました。開封府(かいほうふ)の李孝寿親王は皇帝の命を受け、再び禅師のところへ行って、朝廷の意向をもう一度伝えましたが、禅師はまたも強くお断りしました。このため、皇帝はかんかんに怒って、州官(州の長官)に命じて禅師を拘留しようとしました。州官は禅師の人格の寛大さや忠実さを知っていたので、寺に着いて、「禅師はお体がお弱そうで、お顔がお疲れになっているよう見えますが、どこかご病気になりましたか」とこっそり聞きました。禅師は「いいえ」と答えました。州官は「病気だと言えば、皇帝からの罰は免れることができますが」と言いましたが、「病気でないのが事実ですから、処罰を免れるために病気のふりをする必要はありません」と禅師は答えました。

州官は仕方なく、禅師を淄州(ししゅう)まで護送しました。このことを知った多くの人がつらく、悲しい思いをしていました。

禅師は当時から、ユーモアに豊富であることは周知のことでしたが、それとともに、禅師の正直さと頑固さもこうした禅師の品行から窺いしることができます。明代の蓮池大師(れんちだいし)に、この道楷禅師を称賛した文が残されています。それには「栄誉を強いて断るのは人にとって難しいことなのに、断ることによって罰を受け、それでも平然としているのは、さらに難しいことです。これが忠良伝(心正しく、善良な人の伝記集)に載せられることは当然のことです。私は今ここに道楷禅師のことを収録して、僧侶の模範とします」と。

 

 

 

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