禅宗物語
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間違った呪文

  40年間も仏法を学んだ僧侶がいました。ある日、師匠に用事を仰せつかって山を降りました。麓(ふもと)に着くと、すでに夕方だったので、宿を取りに歩き回り、やっと夜霧に包まれた山の中に光があるのを見かけました。長年の経験で、そこに住んでいるのが道を悟った高僧に違いないと判断しました。

その光をめざして行くと、一軒の茅屋(ぼうおく<粗末な家>)がありました。茅屋に一人の老僧が住んでいました。僧侶は老僧に「先ほどお唱えになっていらした呪文は一体なんでしょうか。本当に神力に満ちています。」と聞きました。

老僧は「実は、わしも良く分からない。数年前、ある高僧がここを通った、その時この呪文を教えてもらった。そのあと、わしはずっと唱えている。だが、名前などはわしにも分からない」と返事しました。

「それでは、もう一度唱えてみていただけませんか。」と僧侶は言いました。

「オンマニペメホン!」老僧の声は大きな鐘のように耳に響き、まるで強い光を放っているようです。

その呪文を聞いて、僧侶は大声で笑い出し、「お唱えになった呪文は間違いですよ。それは大明神咒(だいみょうじんじゅ<仏教の呪文の1>)で、正しくは‘オンマニペメフン’です」と言いました。老僧は恥ずかしくてたまらなく謝りながら、「大師のご指導がなければ、死ぬまで間違った呪文を唱えていた。 」と言いました。

翌日、僧侶は老僧と別れ、師匠のところへ帰りました。良いことをしたと思った僧侶は一部始終を師匠に報告しました。しかし、その話を聞いて、師匠はため息をつきました。僧侶は不思議でたまりませんでした。

何ヶ月か経て、僧侶はまた老僧の茅屋を通りました。老僧は僧侶に指摘された正しい大明神咒を唱えていましたが、前のような光はありません。僧侶は帰ってから師匠にその原因を尋ねました。師匠は次のように言いました。「お前はわしに従って仏法を40年間も学んで来たが、こんな簡単な道理さえ分からないのか。老僧の心の中の大明咒(だいみょうじゅ)はオンマニペメホンに他ならない。この呪文は既に無上の法力を持っている。変えられると壊れてしまうのだよ。」。

 


 

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