禅宗物語
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禅は知るところに非ず

   智閑(ちかん)は潙山禅師(いざんぜんじ)のところに禅を学ぶために通っていました。潙山は智閑に、「百丈禅師(ひゃくじょうぜんじ)のところで『一を聞けば十も知り、十を聞けば、百も知った」と聞いたが、本当か?』と聞きました。

智閑は「恐れ入ります。」と答えました。

潙山は「確かに世の中で賢いと言われるだけある。しかし、それは、生を完結し、死を脱するのに役立たない。では聞くが、「父母の生まれる前の姿はどういうものであったか」とさらに聞きました。

智閑はどう答えたらいいか分からず、しばらく沈黙してから、「解説していただけませんか。」と願いました。

潙山は「わしが知っているのは私のもので、お前と関係はない。もしお前に教えたら、将来お前がこのことを悟ったらわしを罵るだろう。」と言い捨てました。

仕方なく、智閑は僧坊に戻り、ありとあらゆる経典を調べ、答えを探したが、とうとう分かりませんでした。そこで智閑は「今後、一生、仏学を研究しないことにする。あちこちと回って法を説く遊説僧(ゆうぜいそう)になろう」と誓いました。

そして、潙山を離れ、南陽に行き、慧忠国師(けいちゅうこくし<皇帝に法を説いた高僧>)の遺跡を見て、そこに留まりました。ある日、除草している時、一枚の瓦がはがれ、竹に当たり、パッという音がしました。これと同時に智閑は悟りました。。そして、部屋に戻って沐浴し、香を焚き、はるかに潙山禅師を拝しました。「先生の私に対する恩恵は父母より大きい。あの時、もし秘密を説破して下さったら、今日の頓悟(とんご<一気に悟ること>)はなかろう」と。また潙山禅師に自分の詩句を送りました。曰く、

一击忘所知(一撃にて知るところを忘れ)、

更不假修持(さらに修持に頼らず);

动容扬古道(立ち居振る舞いは古道を高揚し)、

不堕悄然机(悄然機に墜ちない)。

处处无踪迹(処々に踪迹がなく)、

声色外威仪(声色が威儀を外れる);

诸方达道者(諸方、道に達した者は)、

咸言上上机(咸て上上機を言う)。

 


 

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