道樹(どうじゅ)禅師は道士(どうし<道教を信ずる人>)の道廟(どうびょう<道士の集まるところ>)の隣に寺院を建立しました。道廟の道士たちは隣に仏教寺院があることを許すことができず、毎日いろいろな嫌がらせをして、寺院の僧たちを困らせたり、怖がらせたりしていました。今日は風雨を呼んだり、明日は風と稲妻を呼んだりといったふうでした。そのため、確かに数名の沙彌(しゃみ<見習いの僧>)が怖くて逃げ出してしまいました。しかし、道樹禅師はあい変わらず、そこに十年も住んでいました。最後に道士たちはすべての術を使い尽くしてしまいました。しかし道樹禅師はあい変わらず動こうとしません。しかたなく、道士たちはその道廟を捨てて、他の所へ行ってしまいました。
後に人々は道樹禅師に「道士たちの術はものすごかったですが、禅師はどうして彼らに勝利したのですか」と聞ききました。
道樹禅師は「特別な術(じゅつ)というものはなかったのです。無理して言えば『無』という一字だけで勝ったのです」と言いました。
「どのように『無』で勝てるのですか」
禅師は「彼らには確かに術はあったのです。有(う)は有限、有儘、有量、有辺です。しかし、わしには術がない。無(む)は無限、無儘、無量、無辺です。無と有の関係はつまり不変でもって万変に応ずることなのです。わしの無変がつまり有変に勝ったのです」と言いました。
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