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両経幢(りょうきょうどう)

霊隠寺の両経幢(りょうきょうどう)はそれぞれ天王殿の東側と西側に位置しています。高さは東幢(とうどう)は7.17メートルで、西幢(さいどう)は11メートルです。両方とも多層の八面建築で、基座は二層の須弥座(すみざ)です。幢体(どうたい)にはお経が彫刻されています。東幢は『尊勝陀羅尼経』が刻まれているので、「尊者塔」と称され、西幢は『大自在陀羅尼呪』が刻まれているので、「大自在塔」と称されます。幢体の上部には華蓋、腰檐、連珠、仰蓮、傘蓋、流雲、覆蓮、盤石が重なっています。盤石に刻まれた迦陵頻迦かりょうびんが)は背中に羽根があり、合掌して、その様子がとても生き生きとしています。

 

 

この経幢は北宋の開宝(かいほう)二年(969年)に建てられ、もともとは呉越王のお廟である奉先寺に置かれていました。その後、そのお寺が壊れたので、景佑二年(1053年)に、霊隠寺の延珊方丈によって霊隠寺へ移されたのです。経幢には「霊隠寺住持傳法慧明禅師延珊于景佑二年十一月內移奉先廃寺基上(霊隠寺住持伝法慧明禅師延珊によって景佑二年十一月に奉先寺から移された)」と書いてあります。

 

 

経幢はもとは中国古代の朝廷の儀式や祭礼に使われた旗で、竿の上に絹織物をつけて作ったものです。幢幡(どうはん)とも呼ばれます。インド佛教が中国へ伝わって以来、石柱にお経または仏像を刻むことで「経幢(きょうどう)」と呼ばれるようになりました。経幢は普通幢頂(どうちょう)、幢身(どうしん)、基座(きざ)からなり、その幢身に呪文、経文、仏像が刻まれるのです。

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